入塾金の意味

各塾の広告を見ていると
入塾金というのをとるようです。
果たして、その根拠はなんなのでしょう?
事務手数料?
だとしたら、コンピューター入力のために、どれだけの人件費がかかっているの?
アウトソーシングすべきでしょう。
会員資格?
どれだけ高級なものなのでしょうか。
教材ならば、教材費でいただくわけですし、
何か納得のいく根拠が得られないなあと思います。
それぞれの塾さんの考えもあるのですが、何かきちんと理由付けが出来ないお金は頂戴できないし、
そんな時代でもないと思うのです。
ただになります。だから、いいでしょ。
という問題でもないと思います。
根拠がどこにあるのかという問題だし、
それじゃ、あらかじめ値札を高く張っているのといっしょでしょう。
割引率を大きくみせることで行政処分を受けたスーパーがどっかにあったような。それと、同じではないかな?
根拠がとか、いい始めたら学校の入学金だっ同様の気もしますが。
僕とこは入塾金なしなので余計に考えてしまう。
不思議です。納得してご納入いただいているにしても。払うことが普通であることは払う理由にならないと思うのです。
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入試結果。。。

今年の中3は例年通り、
約半数が地域のトップ5校までに合格しました。
合格おめでとう。

しかし、全員合格というのはむずかしい。
何名かの不合格者を出してしまいました。

残念だった。よく頑張った。そんな言葉では足りないよね。
あまり意味もない。
ただ、そのみんなの入試までのプロセスは胸を張っていい
と思います。

ただ、冷たいかもしれないが、その不合格という事実は、
ほかの誰でもなく、
自分で受け止めなければなりません。
ほかの誰にも責任転嫁はできないのです。
手助けはできるけど、
ほかならぬ自分の力でその事実を乗り越えるしかないのです。
何かが足りないから不合格になった。
それは努力かもしれないし、気持ちかもしれない。
でも、それは過去のこと。
心の傷になったかもしれない。
でも、強い気持ちで乗り越えて欲しい。

人生に無駄などない。この失敗は次に必ず生きる。
強さにつながる。
失敗するかもしれないと思ってチャレンジした子は
いないはず。
そのチャレンジは賞賛を与えられるべきだと僕は思う。

リスクはどんな時にも必ずある。失敗のリスクだけを考えて
チャレンジしないことのほうが後々後悔が残る。

今回、不合格になった子は受験したことに後悔だけはしていない
胸を張って、塾に来て、泣いた子もあった。
せんせい、ごめんね。と言った子もあった。

ぜんぜんごめんねじゃないよ。

誰も誰に対しても謝る必要なんてない。
これから、大きく壁を乗り越えていくのだから、
これから、強く失敗を乗り越えていくのだから、

顔を上げてください。

ただ、ちょっとだけ手助けはしていくからね。
それが、みんなを引っ張ってきた僕のやり方です。
やり方を変えはしないから。

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入試はゴールじゃない

公立高校の発表も終わり、
喜びの声、喜びの声。
でも、僕は入試の終了というのはゴールではないと
思っています。

生徒たちが、受験勉強をした期間は1年くらい。
だから、残りの人生の方がはるかに長い。
これから起伏にとんだ人生を生徒の皆さんは送ることになります。

やはり、僕の中の基準としては、入試をゴールに決めさせたら
自分の仕事として負けだなと考えています。
その結果が、良いものであれ悪いものであれ、それがゴールならば、
その子の人生はそこで止まってしまう。
生徒の人生をサポートする立場のものとして、
そこで人生を止めてしまうのは仕事の失敗を意味する。と考えるのです。

スポーツなどと違い
成長や人生というののゴールは自分で決めるものだと僕は考えます。
だから、大学合格が、高校合格が、中学合格がゴールなんだと
自分で考えてしまえば、その瞬間にゴールです。
そこが最終到達点ならば、そこから先の人生って残りカスなの?
もっと人生って尊いものだと思うのです。
高校合格がゴールになる子もいれば、大学合格をそれに定めたり、
就職だったり、結婚?
僕はそれってなりたい自分になるための手段にすぎ無いと思うのです。
だから、顔を上げて前を向いて欲しい。

合格おめでとう!!
でも新しい人生の始まりに過ぎない。
不合格は残念だった!!
でもそれも新しい人生の始まりなのです。

通塾期間が長いと立て直しに時間がかかるなどと言いますが、
決して全てに当てはまる事例ではないと僕は思います。

むしろ、合格を目標に競走馬のように走らされてきているケース
全てを塾のお膳立て通り、これをしたら合格する。
絶対ヤレ!とレールを引かれてしまっているケースのほうが、
立て直しに時間が、、、半年から1年かかる気がします。
受験勉強を試行錯誤しながら、すすめた子の方が、合格不合格に
関わらず次の目標に向かって、手探りであったとしても
前に進める気がします。
統計的に測れるものではないので、感覚的であるのが、申し訳ないのですが

開放感を味わうのは悪いことではないし、次の目標に向かって
充電期間も必要なのですが、
2週間程度に留めて走り始めて欲しいなと思うのです。

勉強だけが重要なことではないのですが。。。

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合格発表!

朝からバタバタ。割りとうまくいった子も多かったけど。率は問題ではない。いや問題だけど、一人一人の合格が問題。
納得がいく受験をさせられたどうか。
今は、もう言葉もでないほど疲労困憊。。
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合格発表前日!!

あすは北海道公立高校の
合格発表の日です。
2倍を超える高校は北海道の場合少なく、なかには1.1倍という
倍率の高校もあるので、比較的平穏な状況に
あると言えます。

しかし、それは数値としてのデータ。生身の人間として
悲劇は少なからず起こりうる。
1倍は合格し、30人は不合格になる。
純粋な確率論ならば、合格になるほうが普通なのですが、
相対評価の中では。。。

受験生はみんな努力しているはずなので、全員を合格にして
上げたいのは人情ですが、競争の中で勝負の中で、人間としての
強みを身につけるのもまた真理ですね。

全体の入試状況から考えると、札幌西は言われたほど倍率が
上がっていませんね。多分、昨年同様の点数でいけるかな。
あと、
最近、札幌南と札幌北の間は差がなくなってきている気がします。
今年の現役生におけるセンターの学校内平均点は札幌北>札幌南
だったそうですね。

教員のみなさんも大喜びだったとか。

僕はどちらかというと偏差値やレベルで志望校、受験校を選択させません。
足りないなら、うーんと努力すればいい。

むいていない学校で過ごす3年間と
楽しい高校で過ごす3年間。
自分の行きたい学校で過ごす3年間。
全ては生徒さんの選択。自分の将来の夢に一番近い経路を選択できる
学校を選択し、受験するべきだと思っています。
理想論でしかありませんが、

大切な3年間を後悔をさせたくはない。

だからこその進路指導であり、受験指導です。
後々まであの学校受けとけばよかったなとか。悲しすぎるでしょ。
だから、受けたい学校がある以上、最大限の努力を求めるし、
僕も努力します。

今晩は眠れるかな。
少なくとも僕は厳しいかも。

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評価ということ

僕も会社員なので、上司からの評価からは免れません。
会社からの評価ということでもあります。しかし、僕はあまり気にしていません。あまり出世に興味がない。ということもありますが、一生現場の人間でいたいので。
と同時に評価というものはする人が変われば、評価自体も変わります。
評価は非常に多くの場合、相対的な部分、つまり、数値的に比較できる内容と、絶対的、つまり、プロセスなど数値に直接的に反映しない部分に別れます。このプロセスの部分については主観が入るので、人によって同じ人物を見ても評価は変わってしまう。ですから、評価の高い、低いはプロセスを見てもらう限り仕方ないのです。無理にゴマスリする力があるなら、その力を生徒の指導に振り分けたいとおもうのです。でも、会社に不満を述べる方は多いです。不満があるならやめれば、あるいは評価を高めればいいだけで、2個の選択です。
一方、相対評価の極みにあるのが入試。特に中学受験は一回の入試で全てが決します。そのことを批判するつもりはいっさいないですし、逆にそんな経験も子供にとっては成長のため必要かな。つぶれてしまっては何にもならないですが。
成果や実績は本番で冷たく評価されます。だからこそ、僕はプロセスを評価し、そのプロセスを成果へと結びつけてあげなくていけません。
中学高校と伸び続けて行くためには、プロセスの重要性とそれでモチベーションを維持させる、高めていく経験が必要ではないかと考えます。同じような成績層の中では成果が出にくくなりますから。相対評価のみの中だと一気に低空飛行と言うケースもありますので。
いよいよ、中学生は明日卒業式。明後日、公立高校の合格発表です。プロセスにたいする評価は上々。後は成果に結びついたか?
今から、毎年のことですが、自分のことのようにどきどきしています。
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漢字ができません。

感覚的なものに過ぎないのですが、最近漢字のできん子が増えている気がします。
それで、練習させるのですが、
ひどい場合、仕事を5回書けというとイと5回書き、隣に士と5回書こうとします。
結局、仕事という意味のまとまりであることを十分認識させられていないのです。
ただ、漢字が十分に書けない子は多かれ少なかれこの傾向があるように感じます。ひらがな、カタカナの難しいバージョン。つまり、表音文字としてとらえる傾向が。
だから、お家で練習するときには、まず書くのではなく、意味を教え考えさせてから書かせるような習慣が必要だと思います。
練習の質が同じ時間における点数の差を当たり前のことながら生み出します。
この漢字練習の習慣は中学で英単語の練習に繋がります。英単語のよく書けない方も最近増えていますね。
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10日余り

ブログをはじめて、10日余り、
駄文を読んでいただけてありがとうございます。
1日も欠かさず更新することが、3月中の目標です。
拙く、かつ不勉強な文は今後も垂れ流されると思いますが、お付き合いをよろしくお願いいたします。
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国語の指導の中で

多分、国語の指導者としての僕の
力量はあまり高くありません。
だから、余計に思うことなのですが、
国語の成績は個別指導が効率的にあげられるかな。
というのも、国語の点数が取れない子のできない要因のバリエーションの方が算数が出来ない子より豊富に思えるのです。
国語も算数。数学も果ては英語理科社会と中途半端にいろいろな科目を教えているせいかもしれませんが、
見ていると文章をとらえられない原因が、基本的な語彙力の不足だけではなく、文を一つのまとまりとしてとらえられない。
文字の集合体としてとらえてしまっているケースが散見されます。
結構高学年になってもそれをしている。
つまり、例えば今日という単語があれば、「今」があるよ、「日」があるよ。としてしまい、今日というまとまった単語としてみていない。
これは、単語の意味をしらないのとは別の次元の話。
国語としての根本に関わることのような。それはちょっとでもいいので音読させると明らかになりますが。
そのレベルだと、国語の文が何であるかというところから説明が必要です。
設問の読み取りにしても設問の意味がわからないのか、答え方がわからないのか。出題者の意図がわからないのか。わからないのレベルが個人毎にバラバラ。
一定レベルに到達している子の集団ならば、展開もまた違うのでしょうが、国語を集団で担当してなおかつ全員の成績を向上させ続けている方はほんとにすごいな。と思います。
僕は国語について子供らの課題が100人いたら100通りなので、個別に対応していかないと成績を上げられない。
もっと修行が必要だと思っています。
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